個性派動物園で考える

2019.06.24

個性派動物園で考える"動物と人の幸せな未来"

「ぞうはいません」
大牟田市動物園の前には、こんな看板が出されています。

「キリンもゾウもライオンもいない、そんな動物園があってもいいじゃないか。外国の動物園を真似たようなのじゃなく、日本人らしい情緒のある公園のような動物園」
到津の森公園に貼られたポスターには、こんな言葉が記されています。

動物園の数が世界で2番目に多い日本。その中でも特に注目を集めているこの二つの動物園が掲げるメッセージには、果たしてどんな気持ちが込められているのでしょう?よく晴れた休日、動物の生態にのんびりと触れながら、その向こうにある"動物と人"の未来に少しだけ目を向けてみませんか?

動物園が無くなる!?施設を取り巻く厳しい環境とは?

世界の動物園で構成された「世界動物園水族館協会」には、現在約1,300の動物園(水族館含む)が登録されています。日本はその中でも約150もの動物園を数える激戦区。その中で差別化を図るとしても、単純に動物の種類を増やせばよいという事ではないのです。
実は「種の保存」という動物園本来の役割により、国内の施設では施設同士で協力をしながら飼育する動物の種類や数が調整されているのです。
さらに遊園地などに比べて入場料が低価格な動物園では、施設の拡大のための十分な予算が確保できない現状も...。
存続の厳しさに多くの施設が頭を悩ませる中で、工夫しながらマイナスをプラスに変えた動物園が福岡にあります。それが入園者数を年々伸ばし続けている「大牟田市動物園」です。

"動物福祉"を実現するための二つのキーワード

大牟田市動物園で毎年開催されている「どうぶつ×飼育員アワード」。飼育員が担当する動物への取り組みや動物に関する豆知識を手作りのパネルでプレゼン。デザインや構図にも工夫を凝らしているので、見比べてみると面白い

1941年に開園後、一時は集客がピーク時の約1/3にまで減少した大牟田市動物園ですが、ここ10年で来園者数はV字回復を続けています。その一端となったのが、「動物福祉を伝える動物園」というコンセプトを基にしたさまざまな取り組みです。とは言っても、園内には動物福祉について説明した看板は一つもありません。
そこには、「動物福祉という考えそのものを定義するのではなく、スタッフが動物にどんな対応をしているかを見ていただき、どうすれば動物が快適に過ごせるかお客様にも一緒に考えて欲しい」との意図があるから。動物福祉を体現するために、こちらでは2つの取り組みを実践しています。

一つは、飼育動物が心身ともに健康な暮らしを送れるよう環境を整える「環境エンリッチメント」です。これは動物の行動に選択肢を与え、幅を広げることで生活の質の向上を目指す試みです。動物舎をよく見ると、ある行為を行うことで餌が取り出せる給餌器が設置されていたり、手作りの遊具があったり、隠れる場所が確保されていたりと、動物が行動を選べるようになっています。

画像提供:大牟田市動物園
農作物被害や交通事故などで捕獲されたシカなどの屠体を肉食獣のエサとして与える仕組みを考える団体「ワイルドミートズー」の協力による給餌。通常は廃棄されることが多い屠体を有効利用できる上、動物にとっても皮を剥いだり、骨を噛み砕いたり、より野生に近い食事ができ、ストレス解消にもつながる

三池工業高校の生徒さんが作ったラマの自動給餌器。時間が来ると自動で餌が落ちてくる仕掛け。草食動物は一日の大半を採食に費やしているが、飼育下では与えた餌をすぐに食べ終わってしまうため、たいくつな時間が増えてしまう。そこで定期的に給餌をすることが必要となり、今までは飼育員が毎回給餌に行っていた。自動給餌器の導入により、飼育員が毎回給餌に行く必要がなくなり、動物もたいくつな時間が減る。

もう一つの取り組みは「ハズバンダリートレーニング」です。体重測定や検診などの際、動物自身に協力してもらうことで心身への負担なく健康管理ができるようになるという訓練です。ただし動物の協力によると言っても、飼育員との信頼関係に頼ったものではなく、きちんとした科学的実証に基づいた「お約束」を元に実施されています。例えばライオンの場合「採血はチクっとして痛いけど、その間においしいお肉がもらえる」と理解するようになれば、協力してくれるようになります。そして行為を強いるのではなく、動物と飼育員がお互いに約束を守り続けること。これが継続の秘訣だそうです。大牟田市動物園では、ライオン、トラ、マンドリル、サバンナモンキー等の無麻酔採血を国内で初めて成功させるなど数々の実績を残しています。

「モルモットとわたしの広場」では毎日2回、キャベツをあげたり触ったりできる体験を実施している。お客さんは頭を撫でるお礼にモルモットにキャベツを与える。広場にはモルモットが隠れることのできる場所も用意されており、モルモットには「逃げる」という選択肢もある。それがわかっているので、モルモットも協力的。

私たちに問いかける「ぞうはいません」という看板

実は、最初にご紹介した「ぞうはいません」の看板にも、動物福祉への思いが込められているのだと広報の冨澤奏子さんが教えてくれました。「ゾウは家族で生活をする動物なんです。家族が亡くなったらお葬式をするくらい繋がりが深い。でも大牟田市動物園で複数のゾウを飼うとしたら、園の2/3以上の面積を象舎にしないと成り立たなくなります。あの看板は、動物福祉を考慮した結果、ゾウを飼育しない動物園になったという意思表示です。毎朝あの看板を出すことは非常に意味のあることだと考えています」ゾウだけではなく、他の動物についても生活の質に配慮し、増やしてはいないのだそうです。

広報の冨澤奏子さん。職員同士で月に1回環境エンリッチメントとハズバンダリートレーニングのミーティングを開催し、新しい試みを出し合う中で情報をシェアし合っているそう。

「日本にはたくさんの動物園があります。私たちは他の園との差別化を目指しているわけではありません。身の丈にあったやり方で今自分たちができる動物福祉を進めることが大事だと考えています。先々ではなく、今現在動物が我慢を強いられる環境があったとしたら、今できることは今すぐに改善しなければならない。生き物、命を扱う仕事ってそういうことだと思います」
動物が幸せに暮らすため、私たちはどうすればよいのか。動物と人間のあり方についての大きなヒントが、"動物福祉"の考えに込められているようです。

大牟田市動物園

〒836-0871 福岡県大牟田市昭和町163
TEL:0944-56-4526
HP:http://omutacityzoo.org
※園内では楽しいワークショップも随時開催中。詳しくはウェブサイトで確認を

市民の声で再起を果たした動物園が掲げる次なる約束

同じく、動物と動物園のあり方に一石を投じたのが「到津の森公園」です。こちらは1932年に「到津遊園」としてオープンしましたが、2000年に一度経営不振で一度閉園。その後、2002年に市が運営する形で生まれ変わったという経緯があります。そのきっかけとなったのが、26万人もの市民から寄せられた存続の声でした。
リニューアルオープン後、サバンナや熱帯雨林、日本の森林など、まるで動物が住む景色を丸ごと切り取ったかのような展示内容が評判を集め、2年後には入園者数100万人を突破するほど人気の動物園となりました。

大きなトラやライオンはオリではなくガラス越しに観察ができる。ゆっくりと近づいてくる姿は迫力満点!

動物だけではありません。「市民の憩いの場となってほしい」という思いから、体験型のワークショップを数多く行なっています。その中でメインとなっているのが、今年10年目となる「ゆめある動物園プロジェクト」。なんと今年で100回目を達成したそうです。

子どもの未来を見つける“夢いっぱいのワークショップ”

飼育員の延吉紀奉さん。自身も父親であることもこのプロジェクトを思い立った理由の一つだという。今では、子どもだけではなく大人の参加者も多いそう。

「レッサーパンダの遊具づくり」「建築士と作る 巣箱づくり」「布絵本を作ろう」など、心をそそられるタイトルが並ぶ「ゆめある動物園プロジェクト」。発起人である飼育員の延吉紀奉(のぶよし のりとも)さんにお話を伺いました。
「このプロジェクトでは、通常の体験からもう一歩踏み込んで、参加した子どもさんが将来の夢を発見できる場にしたいと考えています。例えば工作や手芸を取り入れたり、外部の方とコラボしたり、動物園の枠にとらわれない企画を考えているんです。幅広い内容の中から自分のやりたいことを発掘して欲しくて。」今では募集開始の10分後に定員が埋まる企画もあるほど人気のコンテンツとなったこのプロジェクト。動物と触れ合う場所でもあり、「自分の可能性に気がつく場所」でもあるという、新たな動物園の存在意義を示してくれているようです。

画像提供:到津の森公園

画像提供:到津の森公園

ワークショップで作られた遊具は設置まで参加者が手がけたそう。今でもレッサーパンダのお気に入りだとか。

ワークショップで製作された大きな布絵本。手芸や工作のモノづくりも人気。

記念すべき100回目は「理想の動物園」についてのイメージを募集した。来場者から寄せられたさまざまな意見に飼育員が丁寧に答えている。このやり取りも市民に愛される動物園ならでは。

入り口には、リニューアル時に掲げられたポスターが。市民に対する大きな感謝とともに、これからの動物園のあり方を提示している。

到津の森公園

〒803-0845 福岡県北九州市小倉北区上到津4-1-8
TEL:093-651-1895
HP:https://www.itozu-zoo.jp

後編は、2006年から大規模リニューアルを展開している「福岡市動物園」に注目。都会の中の動物園もまた新たな進化を遂げているよう。果たして、その内容とは…?

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