飲食業界に革命を起こす「スピリッツオブマイスター」という調理学校

2019.11.13

飲食業界に革命を起こす「スピリッツオブマイスター」という調理学校

飲食業界の方に話を聞くと、スタッフの育成や人材不足についての悩みを多く耳にします。この問題の解決に向けて立ち上がった人物がいました。福岡市にあるフレンチレストラン「ラ・カロッツァ」の現役オーナーシェフでもある中村一善さんです。中村さんは2011年に、飲食業界の根本的な課題解決に向けて「スピリッツオブマイスター」という調理学校を設立。この業界の一般的な離職率が25%(※)といわれる中、こちらの卒業生の離職率はわずか4%という実績をあげています。仕組み作りからネットワーク作りまで、ゼロから築き上げた中村さんにお話を伺いました。

フレンチレストラン「ラ・カロッツァ」オーナーシェフと「スピリッツオブマイスター」の代表を務める中村一善さん。

包丁すら持ったことがないけれど料理人になると決意!

以前はサラリーマンをしていた中村さん。高校時代からいつか起業したいという夢を抱き、27歳で脱サラをします。人が生きるために必要な衣食住に関わることで会社を作りたいと思い、決意したのが料理の世界でした。しかし、中村さんは包丁すら持ったことがなく、わかめの塩抜きも知らなかったそうです。それでも「得意なことは努力しない性格なので、あえて苦手なことをしようと思ったんです。」というのがこの業界に飛び込んだ理由でした。

まず、当時住んでいた宮崎県のフレンチレストランに就職し、見習いからスタート。その後、東京のレストランで修行します。「このときが人生で最も辛かった!」と話す中村さん。「毎日怒鳴られ、心底自信をなくした状態。それでも投げ出せない」。そのときばかりはストレスから胃潰瘍になったとか。それから3年が過ぎ、次は本場フランスで学ぶことを決意しました。

33歳で渡仏。履歴書を持って飛び込みでレストランの扉を叩き、19軒目にしてようやく働き口をみつけます。働きはじめてからは、言葉の壁もあり、メニューを間違えて料理を作ってしまうなど失敗もたくさんあったそう。「それでも、東京の頃に比べると苦にならなかったです」と中村さんは笑います。フランスで2年半修行をし、帰国。39歳のころに福岡市の「ラ・カロッツァ」で料理長を任され、現在はオーナーシェフとして代表を務めています。

渡仏前はテレビ番組のフランス語講座を見たり、フランス語教室へ通ったりしたけれど、現地ではまったく聞き取れずはじめはオーダーを理解することも困難だったそうです。

このままでは料理人がいなくなる...という危機感が動かしたさらなる挑戦

自身の店ではスタッフの育成や職人を育てることにも力を注いでいた中村さん。しかし、技術を伝えてもしばらくすると辞めていくスタッフが多く、人材育成に苦戦していたといいます。この悩みは他のシェフ仲間も口にしており、慢性的な課題となっていました。そこで立ち上がったのが中村さんでした。

フランスには料理人を目指す者が現場でしっかりと学び、二十五歳位になると一人前として見なされ、ますます実力を付けていくといった制度があることを思い出します。しかし日本の調理師専門学校では、現場での実習の時間は年間で10日〜2週間というのがほとんど。さらに、実習に行っても"実習生"という扱いで本来のキッチンのスピード感や技術力をそのまま体験することはできません。これでは、学校で学んだ内容と就職して現場で仕事する現実とのギャップが生じてしまいます。"思っていたものと違う"というズレこそ、離職率の高さに繋がっていました。

学ぶ段階から現場のやりがいや厳しさ、自分がどんな店に向いているかどうかまで、肌で感じられる仕組みを作ろうと、中村さんは学校の設立へと踏み出したのです。

「サイラー(オーストリア菓子とパンの店)」のオーナーにドイツやオーストリアのマイスター制度の話を聞いたことも、学校設立の後押しとなったそう。

日本初のこころみ!「スピリッツオブマイスター」の誕生

中村さんが学校の立ち上げを決めたのは45歳のとき。これからの日本の食文化を支える職人育成のため、1年間での6ヶ月ほどを現場で学べる仕組みづくりに取り掛かりました。そのためには、受け入れ先が必要です。自身の店を閉めた後や休みの日を使い、中村さんは福岡の和洋中それぞれで第一線に立つ先輩料理人のもとに何度も相談へ行きました。みな業界の人材不足という悩みを抱えており、生徒の受け入れを承認。以来、名だたる名店も受け入れ先として手を挙げ、提携していきました。

次に必要となるのが、生徒の募集です。九州各地の高校にひたすら電話をかけ、アポイントをとり直接中村さんがプレゼンに行くという地道な作業。「鹿児島からスタートして100校ほど電話をかけて出向きました。初年度でまだ実績がないわけですから、学生も保護者も疑心暗鬼。それでも情熱を持って信念を伝える他なかったです」と中村さん。

努力が実を結び、着想から7年。第一期の2011年に12名の生徒を迎えることができました。年々生徒数は増え、卒業生の数は現在200名以上。さらに、卒業生の離職率はわずか4%という圧倒的な成果を収めています。「提携先である現場の店では生徒を他スタッフと同じように扱い、叱るときは叱り、褒めるときは褒めるという指導をしていただきます。これにより就職前から職場の空気がわかるため、自分に合うかどうかを事前に判断できます。また、本人の希望で現在120店舗にまで拡大した提携先のどこにでも就職が可能。この2つは、生徒と職場とのミスマッチを防ぎ、業界への定着に繋がっています。」

「スピリッツオブマイスター」は、“現場研修型&業界連携型”という今までにないカリキュラムを組んだ日本で初めての学校です。飲食業のほか、ホテルやブライダル業のクラスも用意しています。接客に必要な英会話の授業も!(右)

ゼロから学校を立ち上げたパイオニアを前に、卒業生が思うこと

今回、中村さんのお話を伺う際、こちらの卒業生にも同席していただきました。現在、ヒルトン福岡シーホークの「寿司割烹ともづな」で働く10期生の古田恭介さん。実は、中村さんの経緯や学校創設まで奮闘する様子を聞くのは初めてのことでした。「最初にこの業界に入ったきっかけにも、校長先生の行動力にもびっくりしました。先生の強い意思と熱意に刺激を受け、自分も目標に向かってもっと成長したいと思いました」。

この話を聞いた古田さんは、ますますこの学校を選んでよかった、と実感したといいます。「今の職場は在学中の実習先でした。実習生は新入社員と同じ指導を受けます。期間もしっかりあるので人間関係や仕事内容もよくわかり、就職後もスムーズに働けました。自分が動く先にお客様がいるという緊張感は、自分の志を高めてくれますし、次に何を達成したいかもはっきりします。学生のうちに社会を体験し、現実を知れたことで自分の進むべき道がわかりました」と古田さんは話してくれました。

中村さんの“課題を解決して業界全体をよくしたい!”という強い思い。この思いこそ、「スピリッツオブマイスター」という革新的な学校を築き、業界を牽引していく生徒たちを育てているようです。

中村さんの話を真剣な表情で聞く古田さん。

これからの展望と次なるチャレンジ

2019年4月に西部ガスとタッグを組み、「スピリッツオブマイスター」はさらなる進展を迎えました。現在、西鉄高宮駅前に校舎を構えていますが、来年春には西鉄大橋駅付近に新校舎を移設。より多くの生徒を受け入れることが可能になります。

さらに、今後は全国にこの学校を広め、業界で人材が循環していける仕組みを作りたいと中村さんは考えています。「私が料理の世界に飛び込んだ動機はすこし曖昧でしたが、動き出すと先が見えてきます。目指す目標と今をたぐり寄せながら進んできたように思いますね。すると志が固まってくる。ものづくりはとても楽しいものなので、興味を持っている方はまず情報を集めてみるなど、動いてみてください。きっとあなたの次のステップが見つかるはずです」。

「東京での修行が人生でもっとも辛かった!あのときを思うとどんなことだって出来る気がします」と中村さん。辛かった時代をバネにして中村さんの挑戦はこれからも続きます。

スピリッツオブマイスター 福岡ゲート

住所:〒815-0083 福岡県福岡市南区高宮5丁目3番12号 ニシコーリビング高宮 6F
TEL:092-523-0020
FAX:092-523-0120
E-mail:info@meister-gete.jp
HP:http://www.meister-gate.jp

(参考URL)
※新規短大等卒就職者の産業分類別(大分類※1)就職後3年以内※2の離職率の推移(宿泊業、飲食サービス業 H30年)の就職後1年以内の離職率
https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000556483.pdf