障がいのある子が、自立できる社会に。ある父親の挑戦

2019.12.24

障がいのある子が、自立できる社会に。ある父親の挑戦

障がい者がイキイキと働く場づくりに取り組む西部ガス絆結(ばんゆう)株式会社。元西部ガス社員が立ち上げ、西部ガスがM&Aによって2017年に迎え入れた特例子会社です。全国に約500社ある特例子会社の中でも、設立初年度から2年連続で単体黒字を達成し、視察が後を絶ちません。「障がい」を「苦手さ」と捉えることで見える景色は変わり、社会はより優しくなれるはず。そんな強い想いを持って事業を立ち上げた西部ガス絆結の代表・船越哲朗さんに、事業に込めた想いや実現したい社会の姿について伺いました。

西部ガスを退職し、それまで想像だにしなかった新しい事業を展開している船越さん。

人生を変えた、次男の誕生

大学卒業後、西部ガスに入社した船越さん。営業企画として大規模展示会などを担当し、充実した仕事人生を送っていました。しかし38歳の時、転機が訪れます。3人目のお子さんが3歳になった時、知的障がいと発達障がいがあることが判明したのです。

「初めて直面した事態に、ただただ戸惑いました。妻は、そういう身体に生んでしまって息子に申し訳ないと、泣き崩れてしまって。私は、この子の将来が不安になって、障がいがある人たちがどんな社会生活を送っているのかを調べる毎日でした」。

すると、厳しい現実が見えてきます。多くの人は福祉作業所で働いており、給与水準は月額約1万円(当時)、とても自立できるほどではない。人に頼らなければ生きていけないとしたら、自分たち親が死んだ後はどうするのか。上の子たちも、弟の面倒を見るために生まれてきた訳ではないし......。

しかし、希望も少しずつ見えてきました。障がい者の自立と企業の障がい者雇用は、社会にとっても一大テーマ。うまくマッチングできれば、事業として成立するはず。自分がこれまでビジネスマンとして経験を積んできたことを、活かせるチャンスかもしれない。船越さんは、西部ガスの社員として働きながらも、家族と社会のためになる次の一手を、考え続けました。

西部ガス内で営業を中心に多様な業務を経験したことで、ビジネス周りのツールは常に需要があることに気づき、現在の業態に至ったと言います。

45歳、はじめの一歩

船越さんは、45歳のときに、新卒から勤めた西部ガスを退職しました。社会福祉士の資格を取るため専門学校に1年通い、さらに1年をかけて全国の障がい者雇用に取り組む会社や障がい者が働く様々な現場を見学しながら事業構想を練ります。そしてスタートさせたのが、障がい者の就労支援福祉サービス事業を行う「ワークオフィス絆結」です。創業当時は思い入れも強かった分、受注できる仕事と利用者へ支払う工賃(賃金)の収支バランスが取れず、半年ほどは苦しい状態が続きましたが、周囲のサポートもあり、福祉サービスの形態を変え、徐々に軌道に乗っていきました。

「実は、創業して5ヶ月目に資金繰りがうまくいかなくて、一度廃業を決意したこともあります。そのとき、お世話になっていた公認会計士さんが、励まして喝を入れてくれました。『あなたのやっていることはとても意義があることだから、諦めてはいけない』と。その公認会計士さんも、障がいのある子の親だったんです。この言葉とアドバイスで、ぐっと身を引き締めることができました」。

そして、周囲からのサポートはやがて西部ガスの子会社化へと繋がっていきます。

コピーセンター絆結で制作できるツールの数々。営業から見積もり作成、イラストレータデータの作成から印刷管理まで、障がいのあるメンバーたちがすべて担当しています。

「西部ガス絆結」としての新展開

船越さんは、西部ガス退職後も西部ガスの社員と良好な関係を続けていました。西部ガス側も、船越さんの新しい門出を温かく見守っていたのです。そして創業から3年後の2017年、船越さんは願ってもいない縁に恵まれます。障がい者雇用に力を入れたいと考えていた西部ガスより打診を受け、M&Aという形で西部ガスグループの傘下に入ることになるのです。
「一度辞めた人間に、こういう形で再びチャンスをいただけるとは思っていませんでした。傘下に入ることで、より積極的な事業展開が可能になる。買収と言いながらも、対等な立場で話ができることが嬉しかったですね」。

こうして2017年、「西部ガス絆結株式会社」と社名新たに、西部ガスグループの障がい者雇用を一手に担う特例子会社となりました。

強力なサポートを得た新生・西部ガス絆結。ここから船越さんが描く構想をさらに形にしていきます。子会社化された翌月には、障がい者が働く場所として、印刷やDM制作などビジネス周りの仕事を主業務にする「コピーセンター絆結」を西部ガス本社の入るパピヨンビルの地下にオープン。働きたい障がい者のための就労訓練などを行う事業所「ワークオフィス絆結」との両輪で、訓練から就職へスムーズに移行できる流れを作りました。人材育成と働く場所の機能を併せ持つ会社は全国でも珍しく、新しい障がい者雇用のモデルとして毎月多くの企業や団体が見学に訪れています。

メンバーたちの苦手に配慮しながら気持ちを鼓舞し、仕事に向かいたくなる雰囲気をつくる。福祉の専門家とかつての管理職としての職歴が生きています。

期待以上の成果で応える

「コピーセンター絆結」では、接客も電話対応も、納品も集金も、すべて障がいのある社員がフロントに立って行っています。苦手なことは誰かが補い、それぞれが得意なことを生かした仕事をするという考え方で、障がい者も健常者もフラットな組織になっているのです。

「昔は、障がい者にできる仕事は限られると思っていました。でも捉え方を変えると、障がいとは単に何かが“苦手”ということなんじゃないかと。話すのが苦手、多くのことを一度に理解するのが苦手、手を使う作業が苦手……。健常者にだって、苦手なものはありますよね。その一方で、必ず得意なこともある。話すのが苦手なら、黙々と作業する仕事は向いているし、人に会うことに喜びを感じるタイプもいる。そう考えると、健常者と障がい者を分ける必要もなくて、得意を仕事にできればみんな輝けるんじゃないか。そう思うようになったんです」。

西部ガス絆結で働くメンバーは、それぞれ障がいのタイプが違います。苦手も得意もバラバラ。その多様性が、仕事の幅を広げています。名刺作成やチラシデザインなどビジネス周りの仕事の他、Tシャツやボールペンなどオリジナルグッズも作れる対応の幅広さから、一般のお客さまからの相談や注文も多いことが特徴。売上構成のうち、西部ガスグループはちょうど半分。残りはグループ外から自力で売り上げ、2年連続で単体黒字となっています。

「かわいそうだから、社会貢献だからと同情を誘って売上を作るのは、本来のビジネスとは違うし、結局長続きしません。顧客の期待以上のものを提供して、対価をいただく。どの会社でも必要なことですよね。正しく評価されることは、彼らのやりがいにも繋がって、さらに効率的な仕事につながる。自分で考えて行動できるようになっていくんです。また、みんなで頑張って黒字を出して法人税を納税し、納税者の一員になったこともすごく自信になっています」

「それと、この場所は、誰もが気軽に訪れることができ、イキイキと働いている障がい者と接することで、障がい者を正しく知って、正しく理解できる場所なんです。誰もがここに来れば、障がい者への見方が変わり偏見が無くなっていきます。ですから、一人でも多くの人に来てもらうことで、少しずつ、やさしい社会に変わっていっていると思うのです」

データの入力を行うメンバー。黙々と作業するのが得意な人は、そのセクションで力を発揮。適材適所の組織になっています。

働く場所はできた。次は生活する場所を

家族のため、45歳から一念発起して新しい挑戦を続けてきた船越さん。来年には次男が特別支援学校高等部を卒業し、社会に出ていきます。「障がいのある子の行き場が・・・」と愕然としたあの日から、着実に努力を重ねて、社会の中に西部ガス絆結という障がい者がイキイキと働ける場所をつくれたことは、船越さん自身にとって大きな自信になったと言います。

「次男の存在が、自分の人生を変えました。彼が障がいがあって生まれてこなければ、私は今でも、西部ガスのいち社員として、変わらない日々を送っていたでしょう。もちろんそれでも、充実を感じていたと思います。しかし彼の存在が、私という人間の幅を大きく広げてくれたことは確かです。私も妻も長男も長女も、生まれてきてくれてありがとうという気持ちでいっぱいです」。

取材中、船越さんはぽつりとこんな言葉を漏らしました。「障がいがあって生まれた子どもたちは、生まれてすぐの時には、家族や周りの人に、心から『おめでとう』と言われてきていないと思うんです」。生まれてきた子どもたちは、自分に障がいがあるとは思っていない。でも、家族はその現実をすぐには受け入れることができず、その子の将来が見えず不安が先に立つ。受け入れるのにすごく時間がかかる。また、周りの人たちも、そんな家族の気持ちを想うと素直に祝福していいのかわからないという辛い現実がある。これは社会の問題だと船越さんは言います。障がいがあろうとなかろうと、誰もが『おめでとう』と言われ、不安にならず安心して当たり前に生きていける社会を作りたい。それが、船越さんを突き動かしてきた強い思いです。

船越さんには、障がいのある人たちの人生の伴走者として、まだまだやりたいことがあります。
「近々始めようとしているのが、特別支援学校高等部や高校の卒業後さらに最長4年間学べるカレッジ事業です。今は卒業後の進路の選択肢が少なく、就職もまだ不安が大きい。そんな子たちに、時間をかけて経験を積んで、自信をつけてあげられるようにしたい。就職できても生活の場をどうするかという問題もありますから、安心して生活できるグループホームのような環境を整えることも考えています。障がいのある人たちが自立した生活を送るためにしないといけないことは、まだまだありますね」

そう語る船越さんの表情は明るく、前を向いていました。障がいがあっても当たり前に働き生活していける社会を作りたいという思いでこの事業を始めた船越さん。船越さん率いる西部ガス絆結が、障がい者と社会の関わり方をどう変えていくのか、これからも見守っていきたいですね。

西部ガス絆結株式会社(西部ガス特例子会社)
コピーセンター絆結

〒812-0044 福岡県福岡市博多区千代1-17-1 パピヨン24ビル B1F ( MAP)
TEL:092-645-0351
FAX:092-645-0352
営業時間 9:00〜18:00 (休み:土日祝日)
HP:https://copycenter-banyu.jp/

ワークオフィス絆結

〒816-0811 福岡県春日市春日公園5丁目2番地
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HP:http://banyu-kizuna.com/