2020.02.03
コウケンテツ×食と道具
"熊本で見つけた、料理家の名刀編"
料理研究家として食に携わるコウケンテツさんが、仕事を超えて惚れ込んだ"道具"たち。その向こうに見える作り手の思いとともにお届けします。
コウケンテツ
出身は大阪府、現在は東京都在住。お母様である韓国料理研究家、李映林さんのもとでアシスタントを務めた後、料理研究家として独立。韓国料理、和食、イタリアンと幅広いジャンルで活躍中。福岡ではRKBの料理番組「たべごころ」(https://rkb.jp/tabegocoro/program/)でもおなじみ。
握った瞬間にわかる心地よさ
小山刃物さんの手打ち包丁
今回は、料理家にとってなくてはならない存在「包丁」についてお話します。包丁って料理人にとっては侍の刀みたいなもので、自分で研いで好みの角度を付けるなんて人も多いのです。...と言いつつ、僕は最初それほどこだわっていなかったんですよね。世の中に包丁は数多くありますけど、どれがいい物なのか実感できなくて。だから「誰にでもできる家庭の味を志すなら、むしろ切れない包丁や焦げついちゃうフライパンでおいしい料理を作るべき」なんて思っていたんです。そんな時に九州の物産展で出会ったのが「小山刃物」さんの包丁。まさに、一眼惚れ、いや一握りで惚れ込んじゃいました。
何がすごいって、フィット感ですよ。全体の重さといい、感触といい、持ち手のバランスも今までのものとは全く違う。「あ、これは出会ってしまったな」と思いました。
最初に購入したのが小さくて使い勝手がよいペティナイフだったんですけど、まず刃の付け根部分の長さと柄の太さのバランスがちょうど良かったんです。実はこのバランスって重要で、刃の長さが十分でないと柄を握った時に拳がまな板に当たっちゃうんですよ。ペティナイフは刃渡りが短いですからね。そこに合わせて全体的にコンパクトになるから、握り部分も窮屈になってしまうことがよくあるんです。でも、小山さんのは拳が付かないようにちゃんと計算されていた。思わず嬉しくなって、販売していた方に「ここの高さがあるものをずっと探してたんですよ」って伝えたら、実はその方こそが小山さんご本人。「そうだろ、うちはここにこだわっているんだよ」って、初対面なのに気さくに話してくれました(笑)
その時に何本かまとめて買ったんですけど、他のサイズも切った時に手に伝わる感覚がとても気持ちいい。最近は軽い包丁が多くて、早く切ると切り残しが出ることもあるのですが、小山さんのは手に馴染む重さがあるのでそんなこともありません。このフィット感は、職人の技のたまものですよね。
そうそう、小山さんと初めてお会いした時、こんなことも教えてもらいました。『まな板はいいものを使いなさい』ってね。最初は僕のことを料理家だとご存知なくて、どんなまな板を使っているか聞かれたんですよ。僕もこだわりが無かったから、「その辺にあるものを使っています」と答えたんです。そうしたら、同じ物産展のイチョウのまな板のお店に連れて行ってくれて、そこで包丁を試したんですよ。イチョウのまな板は初めて使ったのですが、刃先を受け止めるアタリの良さに驚きましたね。お互いの持ち味を生かしているんです。どちらもお値段的には決して安くはないので、まとめて買うには結構覚悟が必要でしたけど、全てがピカイチ。しかも、包丁もまな板も研げば何年でも使えます。まさに、一生モノですね。
熊本県の宇土市に工房を構える小山刃物さんは、500年以上の歴史を持つ川尻刃物がルーツ。川尻刃物と言えば、"極軟鉄"と呼ばれる地金に良質の鋼を挟み込み、手打ちで鍛える「割込み鋳造」製法が特徴。切れ味と耐久性を備えた包丁は評判が良く、長らく人々の暮らしに寄り添ってきました。その技術を継承し、水の豊かな宇土市で磨き上げたのが、小山刃物さんなのです。こちらでは、伝統技術に加えて、柄尻部分にステンレスを接合することで柄ぐされを防止し、さらに耐久性を高めているとか。コウさんも、その持ちの良さに驚かされたそうです。
「小山さんの包丁は、手入れをほとんどしなくても刃の輝きや切れ味が落ちないんですよ。僕の場合は、研ぎは自分でせずに小山さんに全てお願いしていますが、包丁の研ぎに出すのが物産展にこられる一年に一回。普段は洗って乾かすくらいですけど、それでも最初の頃の切れ味を保ってくれる。ほら、刃の部分の輝きと紋様が独特でしょう?鋼ではなく、特殊な素材を使っていらっしゃると聞いていますが、錆びないし、欠けない。鋼よりも断然手入れが簡単なんです。
僕にとって包丁の良し悪しは、『長く使えて、手もかからない』が一番大事。この包丁なら扱いやすいので、人に贈っても喜ばれるのではないでしょうか。実際、料理イベントや料理教室で包丁をすらりと抜いた瞬間、注目が集まるのを感じます。僕にとっては名刀なんですよ」
包丁のほか、農具や漁具、暮らしの道具とさまざまな道具を作り続けてきた小山刃物さん。職人の技術を凝縮した包丁は、一本一本微妙に表情が異なります。その温もりもまた、全国にファンを持つ由縁なのかもしれません。コウさんのご自宅では、娘さんも一緒に使っているとか。
「最近は、うちの小1の娘が料理に目覚めまして、彼女も小山さんの包丁を使っています。お肉もスパッといけるほど切れ味が鋭いので、もちろん横で僕が見ていますけど、いいものって子どもにも使えるんですよね。上等な包丁は料理上級者にしか使えないかと言えば、それは違うと思う。お母さんも子どもも使える方が、感性を養うという意味でも"いい物"なんじゃないでしょうか」
いい物は、時代を超えて家族の姿を描き出す。キレのいい包丁は、家族をつなげてくれる役割も果たしているようです。
DATA
小山刃物さんでは、百貨店での対面販売のみで対応されています。