"この街のパンはもっと面白くなる" 編集者が見つめ続ける福岡のパンカルチャー

2020.03.06

"この街のパンはもっと面白くなる"
編集者が見つめ続ける福岡のパンカルチャー

メディアやSNSでも多く取り上げられ、食パンなどのニッチな専門店が次々にオープンするなど、話題が尽きないパン業界。福岡でも個性的なベーカリーの台頭や多くのファンが詰めかけるパンイベントの開催など、大いに盛り上がっているようですが、それだけではありません!水炊きやもつ鍋のように、福岡の名物になってしまうほど、独自の進化を遂げつつあるのだとか...。
まだまだ右肩上がりの福岡パンムーブメントの現状を探るべく、パン特集が話題のタウン誌「シティ情報ふくおか」へ。統括編集長にして、旬のベーカリーを集めたイベント「パン!パン!ピクニック」 「パン!パン!マルシェ」の発起人でもある古後大輔さんにお話をお聞きしました。

個性を愛でる気質が育む 福岡ならではの強みとは?

「シティ情報ふくおか」編集部にお邪魔すると、慌ただしいオフィスの中でも一際お忙しそうな古後大輔さんを発見!編集長となった今でも、一記者として取材に出向いているそうです。実は、パンの面白さに気づいたのも取材があったからこそなんですって。
「福岡のパンの変遷といえば、『タンドルマン』(現在は熊本県合志市に移転)や『セ・トレボン』、『シェ・サガラ』など、ハード系のパンを中心にした個人店が一躍注目されるようになったのが15年前。そこから5年くらいの間に全国的にも注目される実力店が少しずつ増えてきたんです。当時、僕は誌面で2、3年に一度パン特集を組んで、個別取材にあたるくらいだったのですが、そんな中でもベーカリーを巡って楽しむ人が増えていることに気づいたんです」

ベーカリーに行くこと自体が出かける目的になる、そんなパン好きたちにもっと深い情報を提供できないかと考えた古後さん。パンそのものを紹介する特集から、シェフにスポットを当てて、じっくりとその背景を深掘りする内容に切り替えたそうで、「シティ情報ふくおか」のパン特集は今や目玉企画の一つに。ここ最近は、コーヒー、スウィーツ、料理、雑貨文具、グリーン、ライフスタイルなどと結び付ける切り口も好評。パンのイベントに出店するベーカリーも、取材を通してセレクトしています。

「SNSの発達もあり、パン自体が知識欲とか発信欲をくすぐるものになってきている気がしていたんです。そうなると、ベーカリーには、店造りやシェフの哲学、将来を見据えた動きなど、お店の個性がますます問われます。そもそも福岡って人に人がつく、そんな都市だと思うんですね。だから、パンを通して浮かび上がるシェフのカラーに魅力を感じて繋がりたいという人も多いはず。そういった気風も個性の受け皿になったんじゃないでしょうか」

そう、この"人が人につく"という福岡らしさもブームの重要なファクターなんです。
「食パンやロデヴなど、全国的な流行は取り入れたとしても、そこに自分のカラーをのせてアップデートするのが福岡ならでは。にわか面を付けた「ぱん屋のぺったん」のパンなど、ご当地を意識した"お土産パン"も人気に火がついています。

それに、同世代のシェフが多く活躍していて、一緒にパートナーシップを取る動きも強いんです。先ほど言った『タンドルマン』や『セ・トレボン』、『シェ・サガラ』はじめ、その前には『パンのナガタ』、『フルフル』など、時代を牽引するベーカリーが起点となって時代や世代を超えて、福岡のパン文化がつながっているのも感じます。「タンドルマン」で修行された「紺青」や全国的にも有名な北九州「木輪」出身の「Yakichi」など、実力を磨いて自分のカラーを発揮するニューウェーブも期待ですね。

また、それに加えて『フランソワ』や『リョーユーパン』といった地元の大手パンメーカーや製粉会社、製菓材料メーカーとのつながりもある。いわば、縦と横でつながっているんです。さらに、ここ最近だと『地域貢献やパンを通じて社会とどう関わるか』といったことまで真剣に考えているシェフも増えていっているんです。例を挙げると、『パンストック』(東区箱崎)では、小麦アレルギーを持つ子どもさんに向けて、大学と協力して米ゲルを使った低グルテンのパンをいち早く作っていたり、アットホームな古民家スタイルで人気の『モロパン』(南区高宮)では、もっとパン屋のことを小さい子に知ってもらおうと、営業時間を潰して、本格的な子どもパン教室を定期的に開催しています(なんと!半年先まで予約が取れないほど大人気なんですって)。また、糸島の『ブランジュリ ノアン』が糸島の名物食材を主役にしたご当地食パンを開発して全国から注文が殺到していたり、シェフがもともと有名イタリアンの料理人である六本松の『アマムダコタン』では、旬の食材を活かした本格料理とパンを斬新な発想で組み合わせた新感覚のパン作りで、県外や海外からも注目されていたりと、"パン×地元食材"や"パン×旬の料理"という視点から、その地域ならではの魅力もアピールしているんですよ。
これらはほんの一例ですが、様々な取り組みを通して、ベーカリーと街や社会がつながっていくことで、これまでの概念の枠を超えた魅力がどんどん生まれている。そして、そこにはパンや地域への愛情がたっぷりある。そんな愛情がおいしさとなって食べる人たちに伝わっているということが、福岡のパンムーヴメントが盛り上がりを見せている理由なんじゃないでしょうか」

「シティ情報ふくおか」のパン特集は今や目玉の一つ。ここ最近は、コーヒーなどと結び付ける切り口も好評

誌面では伝えきれない魅力を... パン好きの出会いを叶えるイベント

キャナルシティ博多での「パン!パン!マルシェ」の様子(写真提供:シティ情報ふくおか)

コーヒーと絡めたり、ライフスタイルという切り口で紹介したり、さまざまな特集が話題を呼びましたが、限りある誌面で全てを伝えきれないのが、古後さんにとってストレスだったそうです。
「読者さんから『店舗を紹介されても、同時に複数店舗を巡るのは難しいし、結構な確率で売り切れていて買えない』というご意見をいただくことが多かったんですよ。だったら、その特集がまるごと一度に味わえるような場所をつくれたら、もっとたくさんの人たちに福岡のパンのおもしろさを伝えることができるんじゃないかと思い、手探りでイベント企画をはじめてみたんです」
古後さんが主宰する「パン!パン!ピクニック」 「パン!パン!マルシェ」は、普段ならイベントでまず見かけないような人気店が出店していたり、限定メニューが味わえたりと、パン好きにとっては夢のようなイベントです。
「現状では、春にベイサイドプレイス博多、秋冬にキャナルシティ博多という二会場を基本にして年に数回開催しています。基本的にベーカリーから出店の場所代や、来場者から入場料をいただいたりはしていないので、いち企業の事業としては驚くほど収益が見合っていません(笑)。パンを売るよりも、『福岡のパンは本当に面白い!』ということを伝えたいんです。だから、見たことないくらい大きなパンを焼いてもらってみんなで食べたり、そこでしか食べられない限定パンを開発して出してもらったりしているんですね。『儲からないのにどうしてそこまでやるの!?』とよく聞かれることもありますが、やっぱり私は、自分がパンをつくれるわけではないし、かといってパンの評論家や専門家でもない。タウン情報のプロ編集者として携わっているからこそ、親しみやすい目線でお届けできればと心がけています。自分が惚れこんだパンの面白さや驚きを、隣の友人に教えるように。作り手とパン好きの橋渡し役となって、業界や地域に貢献したいんです。タウン情報の編集者とシティ情報ふくおかという企業の根本的な存在価値ってそこにしかないんだと思うんです」
ベーカリーとお客さんの間で、長年に渡ってパンを追いかけている古後さん。
その動きもまた、福岡のムーブメントを盛り上げている要因の一つなんですね。

さて、パンの進化を感じるなら、実際にお店に行ってみるのが一番。古後さんに教えてもらった"福岡の今"を体感できるベーカリーへ行ってみましょう。

引き出しの多さは優しさの証 コーヒーと一緒に味わって

早良区にある「紺青」の常連さんにおすすめを聞くと、「あんパン」、「豆乳食パン」、「ハード系パン」「タルティーヌ」など、答えはバラバラ。でも全て正解です。名店『タンドルマン』出身の大石さんご夫妻は、「幅広い年代のお客さんが選ぶ楽しみを味わえるように」と約70種ものメニューを用意。食材の選別や焼き加減、食感の演出に至るまで、一つ一つに工夫を凝らしています。焼きたてをいただけるモーニングに人気コーヒー店の特製ブレンドを取り入れるなど、トレンドの「パン&コーヒー」を先取りした慧眼もさすが。

11:00までのモーニングも好評。月替りのタルティーヌ(500円)は、プチパンと「BASKING COFFEE」か「あびる珈琲」のコーヒー付き。この日は、甘いニンジンとオレンジに香ばしいクルミとチーズを合わせたメニューが登場。プチサイズとは言えないほど大きなフォカッチャも付いて満足度たっぷり。

手前から、反時計周りにヨモギ、大納言粒あん、プレミアム低糖あん、ゴマくるみ、塩こしあん、いちごあん。あんパンは生地に福岡の酒蔵の酒粕を使い、しっとりとした食感で風味も豊か。たっぷり入ったあんは上品な甘味で和菓子好きにも評判。

紺青(こんじょう)

〒814-0011 福岡県福岡市早良区高取1-26-63
TEL:092-982-7511
営業時間:7:30〜18:00売り切れ次第終了/月・火曜休(祝日の場合は営業)
HP:https://www.facebook.com/panya.konjyo/

パンの魅力を再確認できる 丁寧な作り込みに驚き

左:ざぶとん(172円)、右:あんバター(205円)
自家製のあんこと発酵バターを豪快にはさんだ「あんバター」は、甘味と塩気のバランスがたまらない。「ざぶとん」は生地内側のもっちり感が意外

クロワッサン(1個194円)ふっくらと空気を含んだ層が美しい。黒糖を使った生地は軽やかな後味と食欲をそそる色合いもポイント

Yakichiは北九州と東京の名店で腕を磨いた藤川さんが営むベーカリー。「こだわりは特にありません」と謙虚な姿勢ですが、どのパンも噛みしめるたびに広がる小麦の風味が豊かなこと!自家製酵母で長時間発酵させた生地を高温でしっかりと焼き込んでいるそうです。あんこやハムなど、具材も全て手作り。その組み合わせの妙にも胃袋をギュッと掴まれます。「福岡の個人店でここまで作り込んでいるお店は珍しい」という古後さんのコメントにも納得です。

Yakichi(ヤキチ)

〒812-0039 福岡県福岡市南区大橋4-5-6 天本ビル1F
TEL:092-553-2600
営業時間:9:00〜18:00売り切れ次第終了/月・火曜休
HP:https://www.facebook.com/yakichi0891/

“もはやアートの域” もらって嬉しいお土産パン

にわかめんたい(200円)中には、ふんわりソフト生地に明太子とクリームチーズの黄金コンビがイン。お酒とも相性が良い

はりねずみ(130円)トゲ部分はカリカリで、中は優しい甘さのメロンパン生地。当日中に食べよう

「杉村さんはね、パン職人ではなく“パン細工”職人なんです」そんな古後さんの言葉どおり、「ぱん屋のぺったん」のカウンターには、食べるのがもったいないくらいかわいいパンが並びます。もともと、お客さんを驚かせるパンを作りたいと考えていた杉村さんご夫妻。「櫛田神社の表参道にあるので、博多っぽいものを」と、小さなにわか面をかぶったシリーズを売り出したところ、お土産や観光のおやつに大好評。にわか面まで一つ一つ切り抜いて焼き上げるなど、“パン細工職人”の遊び心とこだわりに脱帽です。

ぱん屋のぺったん

〒812-0039 福岡県福岡市博多区冷泉町5-2
TEL:080-7000-2303
営業時間:7:00〜売り切れ次第終了/不定休
HP:https://www.facebook.com/Panya.no.Petan

まとめ

パンのムーブメントが未だ盛り上がりを見せ続けているのは、もはや一過性のものではなく、シェフの哲学や豊かな個性まで味わう「カルチャー」に進化している証なのかもしれません。
噛めば噛むほど味わいを増すハード系パンのように、掘り下げれば掘り下げるほど面白さに気付くパンの世界。古後さんのお話を聞いた後では、そのままパンを買うだけなんて、なんだかもったいないような…。週末、気になるベーカリーをはしごしてみるのも楽しいかもしれませんよ。