2020.03.13
コウケンテツ×食と道具
"岡山で見つけた、家族で楽しむ器編"
料理研究家として食に携わるコウケンテツさんが、仕事を超えて惚れ込んだ"道具"たち。その向こうに見える作り手の思いとともにお届けします。
コウケンテツ
出身は大阪府、現在は東京都在住。お母様である韓国料理研究家、李映林さんのもとでアシスタントを務めた後、料理研究家として独立。韓国料理、和食、イタリアンと幅広いジャンルで活躍中。福岡ではRKBの料理番組「たべごころ」(https://rkb.jp/tabegocoro/program/)でもおなじみ。
家族の団らんを描きだす 伊藤環さんの器
僕にとっての食卓って、大皿にたっぷりと盛られたアツアツの料理を賑やかに囲む、家族の温もりを感じる時間なんです。そのイメージを形にしてくれるのが、伊藤環さんの器なんじゃないかな。
温かみがありながら、シンプルで洗練されているデザイン。そのバランスが絶妙で、長く使っていても飽きがこないんです。もうね、何の料理を作っても盛り付けを考えなくてもいいんですよね。例えば、中華料理の肉野菜炒め。きれいに盛るよりも勢いで持った方が絶対に美味しそうでしょう?環さんの器は、ガッと盛ってもどことなく品がある。それは器の力なんですよね。
器自体も軽くて重ねやすくて、収納しやすい。今、日常でガンガン使っている「1+0(イチタスゼロ)」というシリーズがあるんですけど、これは環さんがプロデュースされているんです。環さんご自身が欲しいと思うものを作っていらっしゃるということで、デザインはもちろんですが実用性も実によく考えられているんです。僕の子どもは0歳の時から環さんの器でご飯を食べているんですが、最後までスプーンですくいやすいように丸みのあるリムを取り入れています。これが子どもにご飯をあげる時に本当に便利。共通の知り合いがいたご縁で環さんの個展にもお伺いしていたのですが、僕と同世代で子どもさんも同じくらい。子育て中だからこその感覚を反映されているんですって。
うちのは離乳食用に使っていますが、大人でも使いやすいデザインなので、大事にすれば子どもが大きくなってからも使えます。もし不注意で割れてしまっても、「茶碗は割れるもの。だから大事に扱わなくちゃ」という責任感が芽生える。作家さんが作っている器を子どもの頃から使うということは、教育的な面から見ても理に敵っているのではないでしょうか。
優しさを感じる器と同じく、環さんの人柄も魅力的なんです。一番最初の思い出は、味のある達筆な字で書かれたお手紙。文章も素敵なんですよ。そんな環さんですから、個展の時はいつも人だかり。普通は、作家さんがお客さんに作品の説明をするのがほとんどなのに、環さんの個展にいらっしゃったお客さんはみんな環さんとお喋りしたいから、捕まえて離さないんです(笑)
伊藤環さんは、現在岡山県の工房を作陶の拠点に、全国各地で個展を開催されています。お父様も陶芸家ですが、偶然から始まった陶芸の道だったそうです。
「若い頃はグラフィックデザイナーになりたかったんですよ。大学では一応陶芸科に進んだけれど、迷っていた矢先にアパートの不動産屋さんに依頼されて陶器のオブジェを作ったんです。熱心な先輩にアドバイスを頂きながら、なんとか完成した時、陶芸って結構面白いなと気付いたんです。クライアントや世の中の要望を聞いて作る。それはビジネスと言うよりも、人との交流によってモノを作り上げるような、独特なつながりだと感じました。焼き物って、コミュニケーションツールの一つになるんじゃないかな。今もその思いは変わっていないですね」
小さな頃から器に触れてきた伊藤さんにとって、作陶は自己表現ではなく、クライアントがいて成り立つ生活の糧をつなぐ生業(なりわい)です。だからこそ、「器は実用的であって当たり前」がモットー。今でも過去に作ったものをブラッシュアップしながら使い勝手の良さを追求していますが、下積み時代の経験もベースになっているそうです。
「実家が福岡県朝倉市秋月で陶芸をやっていたので、僕も最初は手伝っていたんですよ。一個でも多く売ろうと思って、来てくれた人の意見を反映させて作るんです。そうしたら、次来た時に買ってくれるんですよ。これもすごく勉強になりました。主婦の方が多くて好き勝手に言われるんですけど、普段の生活の中で得た感覚なので、ものすごくリアル。その時の経験で、日常のサイズ感が体に染みついたんですね」
さらに、子育ての経験もまた、新たな可能性へと導いてくれたのだと教えてくださいました。
「コウさんにお買いあげいただいた子どもの器は、もともと僕が個展で作っていたものです。うちの子で実験しながら、親がご飯を食べさせる時に楽できるようにと思って作ったんですよ。僕の場合は、デザインにきちんとした理由づけができておかないと説得力がなくなる気がするんです。だから、実際に使ってくださっている方からの声はとても心強いですね」
コウさんが"器の力がある"と評した「1+0」の皿にも、合理的な仕掛けがあちこちに施されているのがわかります。しかも、そのどれもが高い技術力によるもの。ミステリー小説のように、使うほどにデザインの理由が解き明かされていく、そんな快感が味わえるのも伊藤さんの器の魅力なのかもしれません。
その驚きは、プロデューサーとして手がける「1+0」シリーズでも遺憾なく発揮されています。何せ、器だけではなく、チノパンやコーヒー豆がラインナップに並んでいるのですから。
「自分の作陶はクライアントありきと最初に言いましたが、実は『1+0』は真逆のスタンスなんです。僕が欲しいものを発信しているだけ。秋月で意見をもらっていたお客さんみたいに、こんなのあったら買うよねって。だから、器だけではなくていいんです。ほら、毎日うどんばかりだと飽きちゃうでしょう。たまにはラーメンやちゃんぽんも食べたいみたいな感じですよ」
自分が欲しいものと言いながらも、チノパン一本とっても生地の質感や厚みなど細かいこだわりが満載。やはり伊藤さんの器と同じく実用性とデザイン性へのまなざしが息づいている気がします。コウさんをはじめ愛用者が多いというのも納得です。
自ら作る器にも、「1+0」シリーズにも、伊藤さんの作品に込められているのは、使う人を思う優しい目線。だからこそ、家族の団らんを温かく演出してくれるんですね。
伊藤環さんの情報
1+0インスタアカウント: @ichi_tas_zero
くらすこと:www.kurasukoto.com
展示会情報:http://itokan.com