2020.10.30
コウケンテツ×福岡の食と人
"福岡名物の仕掛け人と考える
地域の食文化を守り、伝えるためのアイデアとは"(前編)
私たちにとって"食べること"は、切っても切り離せないほど身近な営みです。
だからこそ、食はその土地の文化を知る鍵であり、社会を写す鏡であり、未来を示す道標にもなりうるのではないでしょうか。
生活スタイルが多様化している現代、少し立ち止まってこの何気ない営みを見つめ直してみれば、新たな発見に出会えるかもしれません。
今回お届けするのは、食に関わる人々から、"福岡の今とこれから"を学ぶグループトーク。レシピを通して食卓の楽しさを伝える料理研究家のコウケンテツさんを案内役にお迎えして、じっくりと語り合っていただきました。
"魚離れ"の原因をたどると食文化の変化が見えてきた
福岡といえばおいしい魚が有名ですが、近年では漁獲量も減少し、魚離れの深刻化も進んでいます。そう、実は福岡名物は危機的状況の真っ只中なんです! 今日登場いただいた「福岡中央魚市場」の廣川一志さんと西山和孝さん、鮮魚加工の大手「ベストサプライ」の小田代勇樹さんはこの状況を打破すべく、さまざまな商品開発や取り組みを続けているそう。
さらに、"食の最前線"を語る上で欠かせないあの食品にも注目を。福岡から全国展開している即席麺「マルタイの棒ラーメン」の長尾健太郎さんにもご参加いただき、"食文化の今とこれから"について話し合います。
コウケンテツ
出身は大阪府、現在は東京都在住。お母様である韓国料理研究家、李映林さんのもとでアシスタントを務めた後、料理研究家として独立。韓国料理、和食、イタリアンと幅広いジャンルで活躍中。福岡ではRKBの料理番組「たべごころ」(https://rkb.jp/tabegocoro/program/)でもおなじみ。9月に初のエッセイ本「本当はごはんを作るのが好きなのに、しんどくなった人たちへ」(ぴあ)を出版。
YouTubeチャンネルはこちら
https://www.youtube.com/channel/UC3p5OTQsMEnmZktWUkw_Y0A
福岡中央魚市場(株)
70年以上の歴史があり、日本海有数の水揚げを誇る鮮魚市場。農林水産大臣の許可を受け、鮮魚・冷凍魚・塩干加工品の卸売を行っている。今年、県内初の女性セリ人も誕生。
西山和孝(にしやま かずたか)代表取締役社長
廣川一志(ひろかわ ひとし)取締役
http://www.fukuokachuo-uoichiba.co.jp/
ベストサプライ
鮭やマスなどの切り身や海鮮の冷凍保存など、現代の食生活のニーズに合わせた高品質の水産加工事業を展開。年間の水産物取り扱いは全国でもトップクラスの規模を誇る。
小田代勇樹 (おだしろ ゆうき)営業部 営業1課マネージャー
https://www.sg-bestsupply.com/
マルタイ
設立60周年を迎える老舗即席麺メーカー。「マルタイラーメン」をはじめ、「長崎皿うどん」、「(カップ)長崎ちゃんぽん」など、今や全国区になった人気商品の宝庫。その背景には最新技術の追求と綿密な市場分析が生かされている。
長尾 健太郎(ながお けんたろう)
商品開発部 兼 マーケティング部 係長
http://www.marutai.co.jp/
―福岡中央魚市場(株)廣川さん(以下、廣川): コウさんがいらっしゃったのは10年位前ですよね。いやぁ全然お変わりない。むしろ若くなっておられるんじゃないですか。
―コウケンテツさん(以下、コウ): やめてくださいよ(照)その節はお世話になりました。あの時初めてセリの見学をさせていただいたんですよ。ものすごい迫力で驚きました。
―廣川: サバが足りないって、コンテナが入ってきた時には駆け回っていただきましたもんね(笑)
生の魚って、季節的なものや天候によって予定している量が確保できないことがあるのが怖いんですよ。
―コウ: 天然のお魚は難しいですよね。福岡中央魚市場は「博多の台所」と呼ばれているだけあって、全国的にも規模が大きいですし。
―廣川: でもね、実は長崎県からの魚の方が多いんですよ。
―コウ: それは意外!
―廣川: そうでしょう。それに「築地のマグロ」みたいに、メインの魚があるわけではないんです。鮮魚や貝類、それから冷凍物など日に約300種類の魚を取り扱っています。
―コウ: そんなに多いんですか。冷凍のお魚といえば、ベストサプライさんの主力商品ですよね?
―ベストサプライ小田代勇樹さん(以下、小田代): 私たちは海外から鮭やサバを買い付け、冷凍商品の製造から販売まで一貫しています。あと、加工品の原料などで皆さんの食卓にこっそり並んでいるものも多いんですよ。近年では、九州産の原料にこだわった干物や銀だらみりんなども手掛けています。
―コウ: なるほど。福岡を意識した商品も扱っていらっしゃるんですね。
―小田代: そうですね。会社全体で食の未来や社会貢献についても目標としています。
―コウ: 皆さんは今回のテーマでもある"地域の食文化"を支えている企業ですよね。僕もお店で料理を振る舞う料理人ではなく、レシピを考案して皆さんに作っていただいて成り立つ仕事なんですよ。つまり家庭料理に対して身近な存在だと思っているんです。だからこそ、家庭料理に対して地域性がどんどん薄れているように感じるんです。福岡で言えば、「魚離れ」の問題もありますよね。
―廣川: でもね、「魚離れ」とか「魚食普及」という言葉は30年以上も前から言われ続けているんですよ。それには戦後パン食が普及したのも影響していると思います。パンと一緒に開きアジやメザシは食べないでしょう。
米食=魚なんですよね。実は米を食わなくなってしまうと魚も食わなくなってしまうんですよ。
―コウ: 魚だけの問題じゃないと言う事なんですね。
―廣川: 実は70年前に勝負はついていたんです。あとね、他にも問題があります。
僕は近所に魚をおすそ分けすることがあるんですけど、いらないって断られることがよくあるんです。
―コウ: ええっ!もったいない。
―廣川: ウロコを落としてさばかないといけないから手間がかかるんですね。
僕はもうすぐ60になるんですけど、うちの親の年代でも「魚をさばけない」なんて人も多いですよ。
―福岡中央魚市場(株)西山さん(以下、西山): 私も以前取材を受けた時にインタビュアーに「魚好きですか?」って逆取材してみたんですよ。そしたら「もちろん」と返されたんですが、さばいた事は一回もないと言ってました。
―廣川: 回転寿司が繁盛しているように、魚自体が嫌いというわけじゃない。食べたいけど、お刺身にできないんですよ。調理の手間がネックなんですね。そこはご家庭で教えてもらうしかないのかなと。小さい時から魚を食べて、おいしいと思っておかないと、なかなか包丁なんて握らないですよね。
“巣ごもり需要”は魚食拡大のチャンス!? まずは“サク”から始めよう
―コウ: 身近なところから食文化を伝える必要があるということですね。でも、そうなると家庭の中でお母さんの負担が大きくなってしまうのではないでしょうか。
それでね、ちょっと提案があるんですよ。
―一同: ほほう。
―コウ: 以前トルコのトラブゾンという地域に取材に行った時の話なんですけど、そこは黒海に面していて、小さな魚市場がコンビニの数くらいたくさんあるんです。どの市場も男性のお客さんがほとんどなんですよ。トラブゾンでは会社帰りに魚を買って、さばくまでは親父の仕事なんですって。これ日本でも導入できないかなと。それならお母さんも楽だし、魚を食べる機会も多くなる。なかなか家事ができないお父さんはぜひ魚担当になっていただきたいなと思うんです。
―西山: たしかに。私も福岡中央魚市場に就任した後、魚をさばく練習をしてたんです。その時は、家族にすごく喜んでもらえました。
―小田代: コロナの影響で家にいることが増えて、魚をさばく人が増えているそうですね。自分の晩酌用なら、刺身になっているものではなくて、サクの状態で買ってきて自分好みに切ってみようって。だからコロナ後は、お造りよりサクが売れたという話を聞きました。
―コウ: なるほど!包丁を握る第一歩ですね。
―小田代: そうそう。いきなりさばくのはハードルが高いから、まずは切るだけ。やってみて意外にできそうなら、ステップアップをしていけばいい。それに、自分一人だと面白くないなら、子どもさんやご家族と一緒に挑戦すればいいと思うんです。
―コウ: 非常にリアリティーのある提案ですね。
―小田代: 自分で調理して食べる“経験”も含めて、魚を広めようというアイデアです。
いかにストーリー性を持たせて、楽しい思い出や食べ物への感謝の気持ちを感じてもらえるか。食事情がアップデートされている中、私たちも新たな価値を追求していかないと、どんどん食文化が失われていくのではないでしょうか。
―コウ: なるほど、食文化を継承するためのヒントは、家庭での食事にあるのかも。
福岡の魚を取り巻く状況は厳しいものですが、さすがは日頃から魚とお客さんに触れているプロの皆さん。魚に触れたことがない人でも気軽に挑戦できるユニークなアイデアも飛び出しました。
後編では、身近な食にスポットをあてて、食文化の未来について掘り下げます。