会話から生まれる新しいまちづくりを。 「さとづくり48」プロジェクトの挑戦

2021.10.22

会話から生まれる新しいまちづくりを。
「さとづくり48」プロジェクトの挑戦

1971年、70棟を超える集合住宅と約3千戸の戸建住宅が並ぶ九州最大級の集合住宅として、福岡県宗像市に誕生した日の里団地。最盛期には約20,000人が暮らしていたそうですが、近年では住民の高齢化や建物の老朽化が課題となっていました。そこで2020年、すでに閉鎖された一部の住棟を解体し、50年の歴史を受け継ぎながら次の50年を暮らす場をつくる団地再生プロジェクト「さとづくり48」が始動。隣家との塀をなくした一戸建て住宅が新築されるほか、本来は解体予定だった「48号棟」を1棟まるごと、コミュニティ施設「ひのさと48」としてリノベーションするなど、面白い試みが注目を集めています。
今回は、このプロジェクトの背景や活動内容、事業に携わるメンバーの方々の熱い想いを、インタビューを交えながらご紹介していきます。

プロジェクトの一員として、日の里の新しいまちづくりを手掛ける、西部ガス株式会社 都市リビング開発部 暮らし・まちづくり推進グループの馬場 愛里さん、牛島 玄さん、コミュニティカフェ運営責任者の吉武麻子さん

地域の人たちが主役を目指す「さとづくり」

「このプロジェクトは、西部ガスや東邦レオ(※)さんを中心とする民間企業だけでなく、地域の方々や行政が一体となって取り組んでいるのが特徴だと思います」と話す牛島さん。50年間育まれてきた日の里エリアのコミュニティを次の世代に受け継ぐため、「まちづくり」は「さとづくり」と題して、地域を巻き込んで取り組む長期的なチャレンジなのだそう。

西部ガスではこれまでも地域貢献という企業理念に基づき、デベロッパーや行政の課題解決として団地管理業務やイベントの開催、街の維持管理活動などを通じて地域コミュニティの形成のサポートまでを担う、「タウンマネジメント」事業を推進してきました。そこで得られた経験や想いが、今回のまちづくりにも注がれ、活かされています。

「大切にしているのは、地域の方との対話からアイデアを聞き出し、取り組みにつながる種を見つけることです。我々が主体者になりすぎることなく、地域の方自らが発信してコミュニティを活性化することができたらいいなと思っています」。

※「ひのさと48」は、西部ガスが、都市緑化やマンション植栽管理等を手がける「東邦レオ株式会社」と設立した「日の里コミュニティ特定目的会社」で敷地と建物を所有し、両者で運営を行っています

プランづくりから実際の現場担当まで、牛島さん自身も、週に何度も日の里に足を運んでいるそう

ユニークな試みが次々と進行中! コミュニティ拠点「ひのさと48」

まちに活気を生むためには、人々が集い交流する場所が必要。地域の方々のワークショップでうまれたそのアイデアをもとに、空き家であった日の里団地48号棟を、プロジェクトの核となるコミュニティ拠点として活用することにしました。ひっそりと静まり返っていた建物はリノベーションによって再び息を吹き返し、「地域の会話量が増える場所」をコンセプトにしたコミュニティ施設が次々と誕生。「ひのさと48」に少しずつ温もりが生まれていったのです。

101号室には、『ひのさとブリュワリー』。団地の1室でクラフトビールを醸造するという日本発の試みを実践し、オリジナルブランド「さとのBEER」を製造・販売しています。「宗像市はビール麦の一大生産地なんです。地産地消にもなりますし、フレーバーに地元食材を取り入れる過程で、生産農家さんとの繋がりも生まれています」と牛島さん。

お隣の102号室は、高性能の木材加工機・Shopbotを備えるDIY工房の『じゃじゃうま工房』が居を構えます。地域の方々のアイデアやデザインを形にしたり、公園や広場などの外空間で活用できるような造作物を作ってみたり、可能性は無限大!日常にある「ワクワクするひらめき」や「小さな困りごとを解決するアイデア」を形にすることでコミュニケーションのきっかけになってくれます。今後はワークショップなども行っていくそうですよ。

さらに、暮らしに欠かせないテーマである「食」にも対応しています。103号室には地産地消を楽しめるコミュニティカフェ『みどりtoゆかり日の里』、104号室にはキッチンを備えたレンタルスペース『箱とキッチン』が登場。
「『箱とキッチン』にはガスコンロやオーブンも設置しているので、お友達と料理教室を開催したり、地元の魚を持ちこんで捌いて食べたり、"食"を通じての地域内交流に使っていただけたら。そのほか、地元食材を使ったオンライン料理教室を開催するなどして、地域の外にも宗像の食の魅力を発信していきたいと考えています」と、プロジェクトメンバーの馬場さん。
そのほか、町内会の打ち合わせや伝統工芸のワークショップ、ピアノ教室などの場としても活用されており、自由な発想で利用できる多目的な「箱」として重宝されているようです。

「箱とKITCHEN」には、子どもたちのアイデアをもとに、地域の方に譲っていただいたピアノが置かれているんです

これらの施設は、地域外の方でも利用できる開かれたコミュニティ拠点。テナントとして入居することもでき、保育園やウクレレ工房などの入居テナントが「さとの仲間」として活動しています。これからの「さと」づくりを一緒に盛り上げるチームの輪が、どんどん拡がっていくのも楽しみですね。

コミュニティカフェ『みどりtoゆかり日の里』のみんなが心地よく感じられる居場所づくり

103号室のコミュニティカフェ、『みどりtoゆかり日の里』の運営責任者である吉武麻子さんも、プロジェクトに共感してさとの仲間に加わった1人。もともとは、宗像市で子育て中の方の集まるカフェの経営や起業・開業のサポートなどに携わってきたそうです。
「日の里の都市再生を自分なりに考えた時、すべての世代の人が利用できるようなひとつの空間があったらいいなと思いました。例えば朝は年配の方々が朝ごはんを食べながら、子どもたちが学校に行くのを“いってらっしゃい”と見送ることができる場。お昼は、主婦の方々をはじめ地域で何かしたいと思っている方々にとっての活動の場。夕方は子どもたちが宿題をして過ごせるような放課後の居場所…このように、時間帯によってみんなが使うことができ、交流を図れるようなカフェを思い描いたんです」。

吉武さんが抱いたそのイメージは、この『みどりtoゆかり日の里』で少しずつ具現化していきました。ただ食事を提供するだけではなく、人と人との繋がりづくりや、心地よいライフスタイルを提案すべく、朝ごはんとヨガやフラダンス、健康体操などのプログラムを組み合わせた「朝活」もスタート。

毎日のようにカフェを訪れる子どもたちも今や立派なコミュニティの一員となり、自分たちで企画して、棟内に「子どもカフェ」という名の秘密基地まで作ってしまったのだとか。

「カフェでは、地産地消メニューが中心ですが、今後は日の里団地が一番元気だった頃を思い出せるような、懐かしい昭和メニューも出せたらいいな」と吉武さん

「これからも地域の多世代交流を進めていきたいですね。昔の商店街のように、地域に見守られながら子どもたちが育っていくような環境が理想です」。

吉武さんは、カフェ運営と合わせて地域の中でなにかやりたい方と社会とをつなげるサポート事業も行っています。「人は地域の資産だと思っているので、人が活躍できるようなお手伝いをしていきたい。宗像全体がひとつの家族というか、いろんな人がいろんな場所でやりたい事ができて、居場所がみつかるようなサービスや場所の提供をしていきたいですね」。

クライミングウォールから福祉まで
日常を楽しく豊かにするための、新たなチャレンジ

地域の人たちを主役にする試みは、まだまだあります。
プロジェクトの一環として、日の里小中学校のこどもたちと一緒に総合学習を行い、日の里を面白くする自由なアイデアを募りました。そのひとつが、「団地の壁をクライミングウォールにしたい!」というもの。とんでもなく壮大だけど、想像するだけでワクワクする企画です。そこでなんとか子どもたちのアイデアを実現しようと、大人たちが本気で立ち上がりました。クラウドファンディングで資金を募り、周囲に協力を働きかけ、ついに施工までこぎつけたのです。2021年10月内には完成予定だというこのクライミングウォール。「自分のアイデアで街の風景が変わる」を子どもたちに体感させてくれる、さとのシンボルになりそうです。

また、快適なまちづくりに欠かせない要素として挙げられるのが福祉。馬場さんは、高齢化率が約35%の日の里の現状を踏まえて、コミュニティナースを導入したいと考えているそうです。
「コミュニティナースというのは、看護師や保健師など医療資格を持つ人たちが、病院ではなく日常の暮らしの中で、地域住民の“心と身体の健康と安心”に寄り添っていくこと。西部ガスでも、地域の価値を維持・向上させる取り組みとしてその必要性を感じてきました。予防的な観点で見守りや声かけを行い、体を動かすイベントなどを通じて健康的なまちづくりに貢献できたら嬉しいです」

まずは地域の福祉関係者とのネットワークや基盤づくりに着手し、チームとして機能できる可能性を模索していきたいとのこと。高齢化社会が進む中で新たな社会的役割を担うコミュニティナースは、これからのまちづくりに欠かせない存在となっていくかもしれません。

明るい未来をつくる、次世代団地のロールモデルへ

2021年5月にグランドオープンした「ひのさと48」ですが、完成形が描かれるのはまだ先のこと。今後も「さとの仲間」を増やしながら少しずつ進化していく予定です。

「まだ出会えていない住民の方や、これから移り住んでこられる方、もっともっとたくさんの方と交流していきたいです。みなさんからいただく様々な考えを吸収し、地域に還元できるように努めていきたい。そしてまちづくりにおいても、“西部ガスがいれば安心して任せられる”と言っていただけるような取り組みを増やしていきたいと思います」。このプロジェクトを通じた人や地域との関わりが、自らの成長も促してくれていると話す馬場さん。

それは牛島さんにとっても、同じことのようです。

「まちづくりは様々な物事を面で捉えながら、個人の考えを軸に進めていく場面が多いので、もっともっと経験を積みたいと感じています。ここで得られる学びは自分の生き方にも影響を与えてくれることが多く、ゆくゆくは自分が住む地域にも何らかの形で還元できればいいなと思います」。

大型団地の老朽化や活用は今や全国的な課題となっています。でもこんな風に地域の人たちと共存し、みんなで理想のまちを描いていけるのなら、課題すら楽しさに変えて前向きに取り組んでいけるような気がします。この「さとづくり48」プロジェクト、そしてコミュニティ施設「ひのさと48」が、次世代団地のロールモデルとして全国に拡がっていく日も近いかもしれません。

ひのさと48

〒811-3425 福岡県宗像市日の里5-3-98
HP:https://stzkr.com/