2022.03.03
"社員"として新しい時代の大工を育てる
九州八重洲株式会社が考える伝統技術の継承とは?
古き良き日本の街並みの中心には、機能美にあふれた木造住宅がありました。高温多湿な気候に適した木材を使い、柱と梁で支える日本古来の工法。その高い技術力を受け継ぎ、建築業界を支えてきた大工という職業が、現代では減少の一途をたどっています。その大きな原因となっているのが、さまざまな業界ですでに問題になっている高齢化と後継者不足、いわゆる大工不足問題です。
20年ほど前から業界全体が迎える危機を感じ、技術の継承と若手大工の育成に取り組んできた企業があります。それが、今回伺った住宅・不動産会社「九州八重洲株式会社」です。 こちらでは、大工志望者を社員として雇用し、会社専属の棟梁の元で育てる「社員大工制度」を実践しているとか。今の時代に合わせてアップデートされた"徒弟制度"は、建築業界にどんな新風を吹かせるのでしょうか。
九州八重洲で住まいづくり応援事業部長の谷川さんと入社2年の社員大工を目指す坂口さんにお話をお聞きしました。
会社と棟梁で育てる"社員大工育成制度"が
建築業界の技術継承を変える
「夢創り課」「家守り課」「夢応援課」などの部署名からしてユニークですが、九州八重洲の家づくりには、他ではあまり聞かないこだわりが詰まっています。建築エリアは本社のある博多区東比恵から車で60分以内の場所に限定したり、アフターメンテナンス専門の部署を設けたり...。
その中には、家づくりに欠かせない大工の育成や現場環境の改善も大きな課題として盛り込まれているのです。
九州八重洲の住まいづくりの取り組みはこちら
https://kyushu-yaesu.co.jp/concept/
九州八重洲のお話に入る前に、まずは"建築業界の今"について谷川さんに教えていただきましょう。
―谷川さん:「建築業界では専門技術者の高齢化と若年技能者の減少・能力不足が最も深刻な問題です。約20年前のピーク時に90万人いた大工人口は、現在約3分の1の30万人弱、10年後にはさらに10万人ほど減少すると予想されています。このままでは、近い将来大工の半数以上が60歳以上という状況になってしまいます。」
数字だけ見てもかなり差し迫った問題です。さらに、最近では工場生産の建材を使う現代的な住宅が増え、伝統的な木造建築技術の継承はより困難になっています。
九州八重洲でも業界の動きを早くから問題視していましたが、社員から「住まいの作り手になりたい」と手が挙がったのをきっかけに"社員大工育成制度"を立ち上げたそう。これは、九州八重洲の棟梁が大工を育成する制度で、その大工は社員の待遇です。
―この"社員大工育成制度"は、従来の徒弟制度とはどう違うのでしょうか?
―谷川さん:「昔は棟梁が弟子を取ると、住まいや食事、小遣いなど生活の全てを面倒見ていました。でも、現在では棟梁の時間的、金銭的負担が大きくなってしまいます。
そこで、大工を目指す若者を社員として迎え入れることにしました。そうすれば、棟梁は技術や想いなどを伝えることに専念できます。
教え方も昔のように"見て覚えろ"なんてことは、現在は通用しません。現場の中で棟梁がしっかりと指導するので、技術も早く確実に身に付きます」
―現在、社員大工から独立した2名の棟梁が活躍しているそうですが、どのような流れで育成されているのでしょうか?
―谷川さん:入社して最初の2年間は「現場監督」として八重洲の家づくりの想いや流れを学んでもらいます。その後棟梁の下で技術を学びます。
―「現場監督」とは、どのような仕事なのでしょうか?
―谷川さん:家づくりは、家の構造部分を作る大工工事だけではなく基礎工事、屋根工事、左官工事、内装工事など、さまざまな協力業者さんの職人たちの仕事で成り立っています。
現場に携わる職人全ての工程を高い品質で管理するのが現場監督の役割です。住まいづくりすべての工程が理解できるので、いずれ棟梁として現場を担当するときにこの経験は必ず役立つはずです。
九州八重洲の家づくりMOVIE
https://www.youtube.com/watch?v=dTXxDnJ7QcU&t=15s
―「棟梁」は、大工や現場監督とはどう違うのでしょうか?
―谷川さん:工務店やビルダーができる前は、棟梁が一人でお客さまから仕事を受けていたんです。「どんな家をいくらで作るのか」などお客さまの要望を聞いて図面を引き、資材と職人を集めて現場を取り仕切っていました。
でも、現代ではアフターメンテナンスも重要視されますし、建築に関わる法律も年々厳しくなっています。そこまで請け負ってしまうと、棟梁に対する負担がすごく大きくなってしまうんです。そのため工務店やビルダーができ、営業や設計、現場監督など役割が細分化されるようになりました。
そうなると棟梁は大工工事を行うだけの仕事になってしまうわけです。でも、九州八重洲としては、例えば現場監督がいなくても協力会社の職人と連携を取って建物を完成することができる"現場の長(おさ)"=棟梁を育てたいと思っています。
―だからこそ、社員大工が教えを受けるのは会社ではなく"棟梁"なんですね。
―谷川さん:そうですね。特に技術の承継については、会社が口を出さず全て会社専属の棟梁におまかせしています。棟梁になったら、どこの現場でもやっていける。九州八重洲以外でも通用するように育てるのが私たちの責任だと思っています。
実際に、棟梁になって独立した社員大工もいるんですよ。
―会社というよりも、業界のため人材育成に力を入れているんですね。
―谷川さん:業界のためでもありますし、木造軸組工法※の技術を将来につなげるためです。お客さまのことを考えると、絶対に着手しなければならない問題だと思っています。
※木造軸組工法(もくぞうじくぐみこうほう)
...建築構造の木構造の構法のひとつで、日本で最も多く建てられている伝統的な工法。
―実際に社員大工の取り組みで成果は出ているのでしょうか?
―谷川さん:現在は、2名の棟梁(元社員大工)が頑張ってくれていますが、現場監督が細かく指示しなくてもどんどん現場を動かしてくれています。
設計担当者や現場監督の負担はすごく軽減されています。それに「自分で作った家に住みたい」という夢を叶えた元社員大工もいます。そういった明るい話題は、次の世代のやりがいにつながるのではないでしょうか。
高い技術を持つ棟梁を会社専属に
無理のない建築計画が理想的な現場を生む
教える側の会社専属棟梁についても、九州八重洲ではさまざまな取り組みを行なっています。例えば、一つ一つの仕事にじっくりと向き合えるように、年間棟数を50棟に限定しているそうです。この50という棟数は、どうやって導き出したのでしょう?
―谷川さん:1か月で1棟、年間12棟建てるビルダーさんもあります。でも、九州八重洲の家は最短でも大工工事に2ヶ月はかかるんです。それは、一生に一度の大きな買い物をするお客さまと真摯に向き合うため。どの工程でもバタバタしていたらいい仕事はできないと思います。
うちには専属棟梁が10名いますので、しっかりと工期を確保して50棟という上限を決めました。そうすると早い段階で年間の計画を立てることができます。棟梁も仕事が途切れることがないため、経済的不安が解消されますし、他の協力業者さんや取引先のメーカーさんなど、見通しが立っているので安心して家づくりにご協力いただけます。
―谷川さん: 私が入社した14年前は、棟梁をはじめとした職人同士、口も聞かなかったんです。でも、現在は、床板を張る準備が出来たから、床暖房工事に来ていいよ 、なんて職人さん同士で連絡を取り合って現場を進めてくれるんです。工事は計画通りにいかないことが多いので、すごく助かっています。
―専属棟梁の皆さんは、会社の姿勢や家づくりへの思いを共有している方ばかりなんですね。
―谷川さん: うちの棟梁がよく言っているのは、「見えない所に、良い仕事」ということ。目に映る仕上げの部分はもちろん大切ですが、例えば壁紙で隠れてしまう部分でも最高の技術で取り組むんです。正直言って、他のビルダーさんと比べて、うちが特別に良いというわけではないと思うのですが、棟梁としての矜持を持って仕事をしてくれているのが嬉しいです。
夢を原動力に自分なりの棟梁に
社員大工の成長がもたらす未来とは
九州八重洲には、3月に2年間の現場監督業務を終えて、4月から棟梁の元で大工としての技術を学ぼうとしている大工のタマゴが一名います。幼い頃からモノづくりが好きで大工になりたかったという坂口さん。社員大工制度の話を聞いて、九州八重洲への入社を決めたそうです。
―実際に建築の現場に出て、印象に残ったことはありますか?
―坂口さん:職人さん一人一人の家づくりに対する熱量に圧倒されました。自分が思っていたよりもっと細かいところまで考えて作業されているんですよ。あとは体調管理にまめに気を配って、安全を第一に優先されているのも印象的でした。
―現場監督として、やりがいを感じたことはありますか?
―坂口さん:現場で必要な資材の数量を拾い出して発注するんですけど、その材料が少なすぎず、余りすぎず、ピッタリだったときです。大工さんに褒められました!
あと、一番初めに担当した物件の工事が終わったときには、周りの社員さんや職人さんから「頑張ったね」と声をかけてもらって。すごく嬉しかったです。
―4月からは、専属棟梁の元で学ぶそうですが、目標などはありますか?
―坂口さん:棟梁の皆さんは、人それぞれに仕事の進め方が違っています。 師匠をお手本にして、自分なりの工夫を取り入れながら工事できるようになりたいです。もちろん、怪我をしないよう安全第一で。お客さまに“ありがとう”と言っていただけるような素晴らしい仕事をしたいです。
―谷川さん:坂口くんは、入社早々「早く大工になりたい」と強く言ってくれていたので、そういう夢を持ってくれていたのが嬉しいですね。
今後入社する方も、ぜひ夢を持ってほしいと思います。“いつか自分が建てた家に住みたい”という長期的なものでもいいし、“賞与を貯めてバイクを買いたい”なんて短期的なものでもいい。その夢が自分を鼓舞するモチベーションになると思うんですよ。
―谷川さん:そもそも、我々が作っているのは、お客さまの夢です。大手のハウスメーカーさんやマンションのように同じデザインではなく、お客さまが長年抱いた夢を形にした二つとない“住まいづくり”を目指しています。
だからこそ、建築業界を目指す人にも夢を持ってほしいと思います。
棟梁と若手志望者の橋渡しとなり、職人が安心して働ける現場づくりや技術継承のあり方を模索し続けている九州八重洲の皆さん。
その取り組みの成果は、イキイキと夢を語る坂口さんの姿に現れているように思えます。
クリエイティブを楽しめる職業として“棟梁”を目指す若者が増えれば、建築業界はもっと盛り上がるはず。坂口さんや若い世代が作る、新しい日本の“住まい”には、一体どんな夢が詰まっているのでしょうか?
※感染対策を講じた上で撮影・取材を行いました
九州八重洲株式会社
「ふれあいの街づくり・住まいづくり」を通して福岡の発展に貢献することを経営理念とし、日本の伝統的な木造軸組工法で建てる戸建住宅をメインに、宅地販売事業、リフォーム事業、賃貸事業、海外不動産事業と幅広く展開中。
https://kyushu-yaesu.co.jp