水耕栽培のパイオニアが商品化 場所を問わず栽培できる「うるおい野菜」

2022.03.31

水耕栽培のパイオニアが商品化
場所を問わず栽培できる「うるおい野菜」

SDGsの達成を目指す現代において、水と液体肥料で野菜を育てる「水耕栽培」が注目を集めています。本格的な水耕栽培技術の開発がスタートしたのは戦後と言われていますが、その市場は年々拡大し、今ではスーパーでも当たり前に水耕栽培の野菜が並ぶようになりました。一方で業界内の競争は激化。次世代を見越してスタートしたものの運営を継続できずに廃業する企業も多いそうです。

農薬不使用で計画的な収穫ができる上に、さまざまな土地で栽培できるなど、社会的なメリットも大きい水耕栽培を未来へつなげるにはどうすべきなのでしょうか?
「食の安全」という観点から水耕栽培の黎明期に参入した「エスジーグリーンハウス株式会社」に、継続の秘訣や展望を伺います。

土を使わずにどうやって作るの?水耕栽培のメリットを知ろう

まずは、水耕栽培について基本的なことからご説明しましょう。
水耕栽培は土ではなく、肥料が溶け込んだ水の流れる屋内プールで栽培します。できた野菜にはどんな特徴があるのでしょうか?

メリット1 農薬不使用で長持ち
衛生管理を徹底した施設内で栽培しているため野菜に雑菌がほとんど付着しません。また、害虫の侵入がないため農薬を使わなくても育成できます。収穫後も鮮度保持フィルムでパッキング。袋を開封しなければ、フレッシュな状態が長く続くので、食品ロス削減にもつながります。

メリット2 計画的な収穫が可能
ハウスの中はコンピューターで管理されているので、一年を通して環境は、ほぼ一定に保たれるのがポイント。収穫期や数量も調整できるため、作り過ぎなどのロスを大幅に抑えることができます。

メリット3 場所を選ばずに栽培できる
ハウスなどの設備費はかかりますが、場所を選ばずスタートできます。東日本大震災で津波の塩害にあった畑跡地、都心でのビル内など全国各地のさまざまな場所で実証も行われています。農地の復興や拡大にも期待されています。

水と土では味わいも変化する!?「うるおい野菜」シリーズができるまで

エスジーグリーンハウスでは、ブランド化したリーフレタス「うるおい野菜」をメインに栽培しています。先に挙げた水耕栽培自体の特徴のほかに、自社で感じたメリットについて営業部の大田哲也さんにお聞きしました。

―大田さん:「まず収穫までのスピードが早いのが一番の特徴ですね。当社のうるおい野菜は、タネを蒔いてから約45日で商品化できます。これって土耕栽培の約半分の期間なんですよ。さらに、全てのタネが同じタイミングで発芽できるので、生育のバラつきが出ないのも大きいですね」

現在、エスジーグリーンハウスは、3棟のハウスがあり、一日に約18,000株のレタスを収穫しています。同じ面積の農地でも土耕栽培に比べると収穫量は桁違いですね。気になるのは品質の点ですが、水と土の違いは、味や栄養価にも影響するのでしょうか?

―大田さん:「栄養価はほぼ変わらないのですが、水耕栽培の方がえぐみや苦味が少ないと報告されています。野菜が苦手なお子さまにも食べやすいレタスと好評なんですよ」

「うるおい野菜」収穫までの流れはこちら

https://www.uruoiyasai.com/whats/

現在はレタスの中でも4品種を選んで栽培しているそうです。どんな基準で選んでいるのでしょうか?

―大田さん:「市場で人気のフリルアイスとピュアヴェール、それから市場にはあまり出回らない品種のモコヴェール、グリーンマリーゴールドも栽培しています。そのほか、取引先の反響をヒアリングしながら、新たな葉物野菜やハーブなどを試験栽培していますよ」

それぞれの品種の特徴はこちら

https://www.uruoiyasai.com/lineup/

試験的に栽培を始めたクレソンは、現在、取扱店の一部店頭にも並びます

水耕栽培でも他の野菜やフルーツなどは設備や肥料、育て方も全く異なるため、エスジーグリーンハウスでは葉物野菜に特化しています。
年間で栽培量が決まっているので計画が組みやすく、取引先のニーズに合わせて積極的に試験栽培に挑戦しているとか。
そのほか、会社内での取り組みについてもっと掘り下げてみましょう。

太陽と水で育むうるおい野菜を強みに
増大する業界内での生き残り術とは

エスジーグリーンハウスを設立したのは2007年。食品偽装や集団食中毒、残留農薬などが問題となっていた時期に、西部ガスグループが持つ遊休地で新たな農業をスタートさせました。

―大田さん:「西部ガスは長年“食”に携わってきた企業です。このプロジェクトも安全で安心な食を提供したいという志で始まったと聞いています」

発足当時は、水耕栽培がまだ認知されていない時期。水耕栽培=栄養不足、味が薄いなど、まだまだ世間の偏見は強かったそうです。エスジーグリーンハウスは栽培技術の開発と共にこうしたマイナスイメージの払拭にも力を入れてきました。

―大田さん:「栽培したレタスを“うるおい野菜”とブランド化して、スーパーで試食販売を行なったり、販促物を作って設置したり、社内の営業マン全員で販促活動に注力してきました。諦めずにPR を続けてきたことで現在の理解を得られたのだと思います」

営業部員は現在3名ですが、今でも「うるおい野菜」を取り扱う九州・西日本一帯のスーパーの売り場を巡り、販促活動に力を入れているそうです。
競合他社が増えている水耕栽培の市場ですが、エスジーグリーンハウスはどんな点で差別化を図っているのでしょうか?

―大田さん:「近年主流となっているのは、太陽の光ではなく蛍光灯やLEDなどを照射する『完全人工光型』。でも、当社では、ほぼ太陽光で育てています。野菜は生き物ですので、日照時間の長短や真夏の高日射で機嫌を損ねることもあります。それでも土耕栽培に比べると影響はかなり少ないですし、再生可能エネルギーなので環境にも優しいでしょう。お客さまも昔ながらの“おてんとさん”の光の方が安心して食べていただけると考えていますので、この方向性で継続するつもりです」

「うるおい野菜」の強み

https://www.uruoiyasai.com/company/facility/

注目すべき点はもう一つ。ハウス内の空調と栽培用の冷温水にはガスヒートポンプシステムを採用しているんです。天然ガスは電力に比べてエネルギーロスが少なく、CO₂排出量削減や電力ピークカットにもつながっています。
さらに、事務所棟と一部の施設でエネファーム(家庭用燃料電池)やマイクロコージェネレーション(※)も導入するなど、環境に配慮した施設づくりにも力を入れているとか。

※マイクロコージェネレーション
小型ガスエンジンで電気を作り、その排熱の有効利用で給湯できるシステム。
省エネに優れ、CO₂排出量を大幅に削減できる。

―大田さん:「水耕栽培自体、農薬を使用しないので周辺環境へのダメージを抑制できます。それだけではなく、ハウス内では、栽培用の養液として使った水は、殺菌・追肥しながら循環するシステムを取り入れて、水資源のリサイクルにも取り組んでいるんですよ」

「うるおい野菜」は、キレイな水の流れる栽培プールで育ちます。タンクの中の養液がポンプで吸い上げられ栽培プールへ。栽培プールでは、うるおい野菜が栄養分を吸収し、タンクに戻った養液には不足した栄養分を補給。少しの水もムダにしない、環境にやさしい循環システムです

持続可能な企業を目指して
環境と雇用の現場を整え地域貢献を

エスジーグリーンハウスでは、SDGs(持続可能な開発目標)に対して、地域や雇用の面でも積極的にアクションを起こしているそうです。

―大田さん:「同じ北九州市にある株式会社ウエルクリエイト と提携を結び、レタス栽培で発生する食品廃棄物の一部(約110t/年)をリサイクル。堆肥として活用していただいています。また、商品規格で取り除いた葉(約17t/年)は、カット野菜などの業務用商品として活用。食品ロス削減も貢献しているんです」

さらに、「社会福祉法人 北九州市手をつなぐ育成会 」が運営する就労継続支援B型事業所「インクル若松」とも請負契約を締結。事業者の方にハウス内の作業の一部を委託しているそうです。

―大田さん:「ハウス内で種を播くポットの準備などの作業をしていただいています。皆さんイキイキと楽しそうにお仕事されているので、こちらも嬉しくなりますね」

水耕栽培の施設はどこでも稼働できるだけに、地域性が商品に反映されにくい面もあります。うるおい野菜のハウスも周辺一帯が工場地で、訪れた人は「ここで野菜を作っているの!?」なんて驚かれるそう。
それだけに、「地域のためにどんな形で貢献できるのか」というアイデアを常に考えていると大田さんは教えてくれました。

―大田さん:「安全で安心な食を提供したい、という設立当時の志は、今も社員に受け継がれています。時代やニーズに合った商品開発を進めながら、環境や社会情勢の変化に対応して持続可能な企業を目指す。企業として、個人として、未来へどんな貢献ができるか、一人一人が考えて行動することが重要ではないでしょうか」

力強い言葉を聞かせてくれた取材の後、大田さんは日課のスーパー訪問へ。売り場の雰囲気を確かめながら、お客さまの声を集めるそうです。
大田さんたちの地道な取り組みが、清廉な水の中で葉をつけるレタスのように、将来への実りにつながっています。水耕栽培の先駆けながら、今も最前線に立つエスジーグリーンハウス株式会社の強みをしっかりと感じた時間でした。

エスジーグリーンハウス株式会社

https://www.uruoiyasai.com

天気や気候に左右されやすい葉野菜に、水耕栽培を導入。品質も量も安定した供給をはかる。メイン商品の「うるおい野菜」は九州全域と四国、中国地方のスーパーや百貨店などに出荷されている。